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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)328号 判決 1997年8月06日

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告らは、保谷市に対し、各自、一五四万四六六七円及びこれに対する平成五年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

(本案前の答弁)

本件訴えを却下する。

(本案の答弁)

原告らの請求をいずれも棄却する。

第二  事案の概要

本件は、保谷市の住民である原告らが、平成五年七月に保谷市で行われた「TAMAらいふ21・保谷能フェスティバル」(以下「保谷能フェスティバル」という。)に関し、違法な公金の支出があったとして、地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号前段に基づき同市に代位して同市の市長の職にあった者及び担当職員であった者に対し損害賠償を求める住民訴訟である。

一  請求原因

1 当事者

(一) 原告らを含む別紙選定者目録記載の選定者ら(以下「選定者ら」という。)は、保谷市の住民である。

(二) 被告保谷は、保谷能フェスティバルが行われた当時の保谷市長であり、被告富田及び被告中村は、保谷市生活文化課職員として保谷能フェスティバルを担当していた者である。

2 違法な公金の支出と保谷市の損害

(一) 保谷市は、東京都の多摩東京移管百周年記念事業である「TAMAらいふ21」の地域企画プログラムとして、保谷能フェスティバルを計画し、武蔵野女子大学の増田正造教授(以下「増田教授」という。)を総合プロデューサーに起用して、平成五年七月二六日、これを実施した。なお、保谷能フェスティバルの実施に当たっては、TAMAらいふ21の事業の実施主体であるTAMAらいふ21協会(以下「協会」という。)及び保谷市がそれぞれ二〇〇〇万円ずつ負担した。

(二) 保谷市は、保谷能フェスティバルの運営に関し、株式会社アクション・リサーチ(以下「訴外会社」という。)との間で、業務委託契約(以下「本件業務委託契約」という。)を締結し、同社に対し、平成五年七月二〇日に九〇〇万円及び同年八月一一日に三四二九万二六七二円、合計四三二九万二六七二円を支払った。

(三) しかしながら、訴外会社に対する右(二)の支払については、増田教授が総合プロデューサーとしての職責上自ら行った業務で訴外会社が実際に行っていないものに係る費用等の支払が含まれているなど不当なものであった。

すなわち、訴外会社に対する右(二)の支払のうち、少なくとも、総合企画料一〇〇万円、演出料一五〇万円、音楽指揮料八〇万円、出演者関係費九〇〇万円、広報制作関係費七八〇万三〇六一円、その他催事制作関係費九七万円及び保険料九九万三六二〇円の合計二二〇六万六六八一円の七パーセントに相当する運営管理費一五四万四六六七円(以下「本件運営管理費」という。)の支払は、訴外会社が関与していない業務に係る運営管理費の支払であり、法二条一三項、地方財政法四条一項、保谷市財務規則一条に違反する違法な公金の支出である。

(四) 保谷市は、右(三)の違法な公金の支出により、支出額と同額の一五四万四六六七円の損害を被った。

3 被告らの責任

(一) 被告富田は、保谷能フェスティバルに係る公金の支出について保谷市長から委任を受けていた者で、その権限に基づき前記2(二)の公金の支出を行ったものであり、被告中村は、被告富田の部下で、被告富田の右公金の支出を補助したものである。

被告富田及び被告中村は、保谷能フェスティバルの直接の担当職員として、訴外会社の業務内容を熟知していたにもかかわらず、訴外会社からの請求内容を精査することなく、前記2(三)記載のとおり訴外会社が関与していない業務に係る運営管理費の支払をしたものであり、右違法な公金の支出により保谷市が被った前記2(四)の損害を賠償する責任がある。

(二) 被告保谷は、市長として保谷市の公金の支出について本来の権限を有する者であるが、被告保谷が地方自治体の長としての事務の管理・執行権限(法一四八条)及び予算の執行に関する調査権(法二二一条)を適切に行使しなかった結果、前記2(三)の違法な公金の支出が行われ、同市が前記2(四)の損害を被ったのであるから、被告保谷は右損害を賠償する責任がある。

仮に被告保谷が保谷能フェスティバルに関する公金の支出を補助職員としての被告富田及び被告中村の専決により処理させたとしても、被告富田及び被告中村が違法な公金の支出をすることを阻止すべき指揮監督上の義務(法一五四条)に違反し、故意又は過失により当該違法行為を阻止しなかったのであるから、被告保谷は損害賠償責任を免れない。

4 住民監査請求とこれに対する監査結果

(一) 選定者らは、平成六年七月二五日、保谷市監査委員に対し、前記2(二)の訴外会社に対する支払のうち、本件運営管理費の支払及び消費税法で非課税となっている保険料(九九万三六二〇円)に対し消費税相当分二万九八〇八円を加算して支払がされたことにより保谷市が被った損害合計一五七万四四七五円について、被告らに対しその損害を補填させる措置を取るよう、法二四二条に基づく監査請求(以下「本件監査請求」という。)をした。

(二) 保谷市監査委員は、監査の結果、保険料に対する消費税相当分を加算して支払をしたことについては、不要な支出と認め、市長に対して保谷市が損害を被った一万三三三一円(保谷能フェスティバルの事業収入総額に対する同市負担分の割合による損害額)の返還を受けるに必要な措置を講じるよう命じたが、本件運営管理費の支払については、選定者らの請求を棄却した。

5 よって、原告らは、法二四二条の二第一項四号前段の規定に基づき、保谷市に代位して、被告ら各自に対し、同市が被った損害一五四万四六六七円及びこれに対する違法な公金支出の日である平成五年八月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を同市に支払うよう求める。

二  被告らの本案前の主張

1 監査請求期間内に監査請求がされていないこと

後記2のとおり、保谷能フェスティバルは、保谷市とは別個の権利能力なき社団である「TAMAらいふ21・保谷能フェスティバル実行委員会」(以下「本件実行委員会」という。)によって運営されたものであるが、同市は、本件実行委員会に対し、平成五年五月二五日、補助金二〇〇〇万円を交付している。

本件監査請求は、右補助金の支出の日から一年を経過した後である平成六年七月二五日にされており、一年を経過したことについて正当な理由はないから、法二四二条二項に定める監査請求期間を徒過してされたものとして不適法である。

法二四二条の二の住民訴訟の出訴権者は適法な監査請求をした者に限定されているところ、原告らを含む選定者らのした本件監査請求は右のとおり不適法であるから、本件訴えは訴訟要件を欠き不適法な訴えとして却下されるべきである。なお、保谷市監査委員は本件監査請求を却下せずに監査を行ったが、これは法二四二条二項に違反し無効なものである。

2 本件運営管理費の支出は地方公共団体の長又は職員等がした公金の支出に当たらないこと

本件実行委員会は、保谷能フェスティバルの実施を目的として組織された権利能力なき社団であり、保谷市とは別個のものである。本件実行委員会の経理面も保谷市とは全く別個に行われていた。

保谷能フェスティバルに関しては、すべて本件実行委員会の名で運営されたものであり、訴外会社との間で本件業務委託契約を締結したのは本件実行委員会である。したがって、原告らが違法な公金の支出と主張している本件運営管理費も本件実行委員会が支出したものであり、保谷市が支出したものではないから、住民訴訟の対象とはならず、本件訴えは不適法である。

三  被告らの本案前の主張に対する原告らの反論

被告らの本案前の主張は、保谷能フェスティバルの実施主体は保谷市とは別個の権利能力なき社団である本件実行委員会であるということを前提とするものである。

しかしながら、保谷能フェスティバルの次のような運営の実態にかんがみれば、保谷能フェスティバルの実施主体が保谷市であることは明らかである。

1 TAMAらいふ21の実施主体である協会が支援する事業は二つあり、「市町村・東京都」が実施主体となるものを「地域企画プログラム」、「市民・大学・企業」が実施主体となるものを「自主企画プログラム」として、明確に区別されていた。保谷市は、市長を本部長とする「保谷市多摩東京移管百周年記念事業推進本部」(以下「保谷市推進本部」という。)の会議において、保谷能フェスティバルを同市が実施主体となる地域企画プログラムとして実施することを決定し、同市の事業としてこれを実施したものである。

2 保谷能フェスティバルの事業資金は、保谷市推進本部の本部長であり、同市の市長の職にあった被告保谷の委任により右事業の担当職員となった同市職員被告富田がすべて職務として管理し、訴外会社に対する支払など出納を行っていた。保谷能フェスティバルの事業資金は、保谷市の公金そのものであった。

3 保谷能フェスティバルは、武蔵野女子学院の施設を使用して行われたが、右施設の貸借についての申合せは保谷市と武蔵野女子学院との間で行われており、施設使用に伴う損害賠償責任も同市が負うことになっていた。

4 保谷市は、右事業を企画・実施するためとして本件実行委員会を組織したが、それはTAMAらいふ21の実施主体である協会が「地域企画プログラム」の実施に当たって市民・市民団体等の参加した実行委員会を組織することを求め、実行委員会が組織されることを金銭的助成を行うための判断基準としたため、協会から助成金を受けるための受け皿として組織されたものであり、事業実施に伴う責任は同市が負うものとされていた。本件実行委員会名義の口座に補助金として二〇〇〇万円が振り込まれているが、右口座は保谷市の職員が管理する同市の口座にほかならず、実質は補助金ではなく、行政内部での公金の移動にすぎない。

地方公務員である市職員が公益上必要と認められる団体の業務をするときは、条例及び規則に従って職務専念義務を免除される必要があるが、被告富田及び被告中村は、職務専念義務の免除の措置を受けることなく、生活文化課の所掌事務として本件実行委員会の業務に従事し、同委員会の経理も被告富田らが行っていた。本件実行委員会においては会則について逐条審議もされず、説明もされておらず、同委員会に参加した市民は、役職者であっても、会則で定められた役割についての具体的な認識がなく、役員会も開催されておらず、また、同委員会会長印も被告富田が管理し、同委員会の開催通知を始めとする、同委員会の公式文書への押印も、被告富田らが同委員会の決議を経ずに行っていた。結局のところ、本件実行委員会に参加した市民が行った仕事は、役職にかかわらず、労務の提供にしかすぎなかった。

右のような本件実行委員会の設置の経緯、趣旨、同委員会の業務への保谷市職員の関与の仕方、財産の管理、経理の方法、同委員会の委員の関与の度合等からすれば、同委員会が、保谷市内部の一組織であって、同市から独立した権利能力なき社団でないことは明らかというべきである。

四  請求原因に対する被告らの認否及び主張

(請求原因に対する認否)

1 請求原因1(一)、(二)の事実は認める。

2(一) 同2(一)の事実のうち、保谷市がTAMAらいふ21の地域企画プログラムとして、保谷能フェスティバルを計画したこと、保谷能フェスティバルの実施に当たって、協会及び保谷市がそれぞれ二〇〇〇万円ずつ負担したことは認め、その余は否認する。

(二) 同2(二)の事実は否認する。

(三) 同2(三)の事実は否認し、その主張は争う。

(四) 同2(四)の事実は否認する。

3 同3(一)、(二)の主張は争う。

4(一) 同4(一)の事実は知らない。

(二) 同4(二)の事実のうち、運営管理費に関する監査請求が棄却されたことは認め、その余は知らない。

(被告らの主張)

保谷能フェスティバルは、TAMAらいふ21の地域企画プログラムとして実施されたものであり、平成五年七月一九日から同月二四日まで行われた「能楽ウィーク」と同月二六日に行われた「保谷ハイパー薪能」(同月二五日に予定されていたものが雨で順延されたもの)から構成されていた。前記二2記載のとおり、保谷能フェスティバルの運営は、本件実行委員会が行ったものであり、訴外会社と本件業務委託契約を締結し、その契約に基づき支払をしたのも同委員会である。

訴外会社は、本件業務委託契約に従って、保谷能フェスティバルの制作のすべてに関与している。本件実行委員会が訴外会社に対し支払った運営管理費は、各項目別支出の合計金額の七パーセントに相当する二七四万九七三九円(本件運営管理費はこの金額の一部である)であるが、これは運営管理費としては破格に低廉なものであり、運営管理費の支払に何ら不当な点はない。なお、原告らは、本件運営管理費が保谷市の補助金から支出されたことを当然の前提としているようであるが、本件運営管理費が同市の補助金二〇〇〇万円と協会の助成金二〇〇〇万円のいずれから支出されたかは不明である。

第三  当裁判所の判断

一  被告らの本案前の主張1(監査請求期間内に監査請求がされていないとの主張)について

被告らは、本件監査請求は、保谷市が本件実行委員会に対する補助金を支出した日である平成五年五月二五日から一年を経過した後である平成六年七月二五日にされており、右公金支出の日から一年を経過したことについて正当な理由はないから、本件監査請求は、法二四二条二項により不適法である旨主張する。

しかしながら、《証拠略》によれば、原告らは、保谷市による訴外会社への本件運営管理費の支払が違法な公金の支出に当たるとして、本件監査請求を経た上、本訴を提起したことが認められるのであって、原告らは、同市の本件実行委員会に対する補助金の交付自体を違法な公金の支出に当たるとして本訴を提起しているわけではないから、被告らの右主張は、その前提を誤っており失当というべきである。

ところで、本件運営管理費の支払が保谷市の公金の支出に当たるか否かについては、後記のとおり問題となるところであるが、その点を一応おいて考えると、《証拠略》によれば、訴外会社に対し本件運営管理費を含む運営管理費が支払われたのは平成五年八月一一日であること、選定者らは、平成六年七月二五日、保谷市監査委員に対し、本件運営管理費の支払等が不当な公金の支出に当たるとして本件監査請求をしたことが認められ、これによれば、本件監査請求は、少なくとも法二四二条二項に定める監査請求期間についてはこれを遵守しているものということができる。

したがって、この点に関する被告らの主張は、理由がない。

二  被告らの本案前の主張2(本件運営管理費の支出は地方公共団体の長又は職員等がした公金の支出に当たらないとの主張)について

1 保谷能フェスティバル実施の経緯について

保谷市がTAMAらいふ21の地域企画プログラムとして、保谷能フェスティバルを計画したこと、保谷能フェスティバルの実施に当たっては、協会と保谷市がそれぞれ二〇〇〇万円ずつ負担したことは、当事者間に争いがなく、右争いがない事実と証拠(各事実の認定に供した証拠は、各事実ごとにかっこ内に示した。)を総合すれば、次の各事実が認められる。

(一) 東京都と多摩地域三二市町村は、平成三年六月、明治二六年に多摩地域が神奈川県から東京府に移管され平成五年に一〇〇年を迎えるという節目をとらえ、自治体と市民、大学、企業等が連携し、二一世紀を展望したまちづくりの運動を展開することを目的として、TAMAらいふ21と称する多摩東京移管百周年記念事業の事業展開計画を策定した。そして、これを受けて、同年一二月、TAMAらいふ21の実施主体として、東京都、多摩地域三二市町村のほか、多摩地域の市民、大学、企業等の代表者で構成される任意団体として協会が設立された。

(《証拠略》)

(二) TAMAらいふ21は、協会が自ら実施する事業と協会支援事業から構成され、協会支援事業は、市町村や東京都が中心となり、地域の市民・市民団体等と協同して実施する「地域企画プログラム」と市民、大学、企業等が主体的に実施する「自主企画プログラム」の二種類から成っていた。TAMAらいふ21における地域企画プログラムは、東京都や市町村が中心となって実施する事業ではあるが、TAMAらいふ21の理念に従い、自治体自体が主催者となるのではなく、自治体が地域の市民・市民団体等とともに実行委員会を組織して事業を企画・実施するものとされ、地域企画プログラムとしての認定や協会の事業費助成の具体的方法等を定めた「地域企画プログラム取扱要綱」においても、地域企画プログラムとしての認定を受けるための申請は、原則として、実行委員会が行うこととされ(要綱三条二項)、事業費の助成も実行委員会に対して行うものとされていた(要綱一二条一項)。

(《証拠略》)

(三) 保谷市は、平成三年一二月二五日、保谷市における多摩東京移管百周年記念事業(TAMAらいふ21)の推進を図るため市長を本部長とする保谷市推進本部を設置した。保谷市においては、平成元年から市民の参加を得て実行委員会形式により「保谷薪能」と称して薪能を実施しており、保谷市推進本部が設置される以前から、TAMAらいふ21の地域企画イベントとして、実行委員会を組織して薪能を実施することを検討していたが、平成四年二月三日に開催された保谷市推進本部の第一回会議においても、武蔵野女子大学と協力して薪能を実施することが協議され、その後、保谷市推進本部の会議を重ねる中でその計画が次第に具体化され、同年一〇月六日に開催された保谷市推進本部の第五回会議において、TAMAらいふ21の地域企画プログラムとして、保谷能フェスティバルという名称(仮称)で、事業費四〇〇〇万円(うち市負担予定額二〇〇〇万円)の事業を実施することが確認された。そして、保谷薪能実行委員会副会長で保谷薪能の実施に中心的な役割を果たしてきた増田教授が中心となって企画を考え、平成五年四月中旬ころまでには、同年七月一九日から同月二四日まで能楽に関する講演や映画上映等を行い、同月二五日に薪能を実施するという保谷能フェスティバルの企画の骨子が固まった。

(《証拠略》)

(四) 保谷市は、保谷能フェスティバルを実施するための実行委員会を組織するに当たって、保谷薪能実行委員会を母体としつつ、広く市民の参加を求めるため、平成五年四月一日発行の市の広報紙に保谷能フェスティバルの実行委員の募集記事を掲載した。保谷薪能実行委員会の委員に対しては、同月一四日に同委員会を開催する旨の通知が同月五日付けで同委員会会長名で発せられた。そして、同月一四日、保谷能フェスティバルの実行委員会を組織するための第一回委員会が開かれ、役員や会則について市側で用意した原案が承認され、本件実行委員会が組織された。本件実行委員会の会長には、保谷薪能実行委員会の会長であった武蔵野女子学院長の大河内昭爾が就任したほか、約三〇名の委員が会則で定める役員に就任した。なお、会則により事務局次長には保谷市の行政事務担当者を充てることになっていたため、同市生活環境部生活文化課の課長補佐であった被告富田が事務局次長を務めることになった。

(《証拠略》)

(五) 本件実行委員会は、平成五年五月一〇日、保谷市に対し、保谷能フェスティバルの実施のため、二〇〇〇万円の補助金の交付を申請し、同市は、同月二〇日、申請どおり補助金の交付を決定し、同月二五日、同委員会の銀行口座に二〇〇〇万円を振り込んだ。また、本件実行委員会は、同月二七日、協会に対し、保谷能フェスティバルについて、TAMAらいふ21の地域企画プログラムとしての事業認定と助成金の交付を申請し、協会は、同年六月三日、保谷能フェスティバルをTAMAらいふ21の地域企画プログラムとして認定するとともに、二〇〇〇万円の助成金の交付を決定し、これを同委員会に通知した。

(《証拠略》)

(六) 保谷能フェスティバルの制作に関しては、増田教授による企画の段階から、訴外会社に業務委託することが検討されていたが、平成五年四月一四日に開催された本件実行委員会の第一回委員会において、これが正式に決定され、被告富田と同被告の部下であった被告中村は、同日、訴外会社を訪れて訴外会社の代表者河合徳枝と面会し、保谷能フェスティバルの制作業務を依頼した。その際、被告富田らは、河合に対し、保谷能フェスティバルの実施主体は本件実行委員会であり、同委員会が業務委託契約の当事者となることを説明し、河合もこれを了承した(本件業務委託契約の締結)。訴外会社は、同年五月六日付けで、本件実行委員会に対し保谷能フェスティバルの制作予算の概算見積書(消費税込みで総額四四四四万円)を提出した上で、制作業務を行ったが、訴外会社と同委員会との間で契約書を作成することはなかった。訴外会社に対する業務委託費については、本件実行委員会が訴外会社の請求に基づき、同年七月二〇日に九〇〇万円、同年八月一一日に三四二九万二六七二円、合計四三二九万二六七二円を銀行振込みの方法により支払った。なお、本件実行委員会は、西武バス株式会社及び関東バス株式会社との間で、保谷能フェスティバルに係る送迎バスの借上げについて契約書を交わし、また、有限会社東京能楽企画に対し、薪能の絵はがきの作成を依頼し、これらの代金についても同委員会が銀行振込みの方法により支払った。

(《証拠略》)

(七) 保谷能フェスティバルは、平成五年七月一九日から同月二四日まで及び同月二六日、武蔵野女子学院の施設を利用して開催された。同月一九日から同月二四日までは、「能楽ウィーク」と称して能楽に関する講演、映画上映等が行われ、同月二六日には、「保谷ハイパー薪能」と称する薪能が行われた。なお、保谷ハイパー薪能は、同月二五日に予定されていたが、雨天のため翌日行われたものである。本件実行委員会の各委員は、保谷ハイパー薪能の実施に当たって、職務分担に従って当日の運営に必要な職務に従事した。本件実行委員会が同年九月一四日付けで協会に対して行った事業報告書によれば、保谷能フェスティバルの総収入額は四四八二万一八六八円、総支出額は四四七一万九八八四円であった。

(《証拠略》)

2 小括

以上の認定事実によれば、保谷能フェスティバルは、保谷市が主体となって計画した事業ではあるが、同市は、その実施に当たって、TAMAらいふ21の地域企画プログラムの基本展開計画、すなわち、同プログラムは、市町村や東京都が、関係の市民・市民団体等とともに実行委員会を組織し、企画・実施するとの計画に従って、本件実行委員会を組織したものであり、本件業務委託契約を含む契約の締結、契約に基づく代金の支払、補助金及び助成金の交付申請等の保谷能フェスティバルを実施するための一連の行為が同委員会の名において行われたことは明らかである。

したがって、本件実行委員会が被告らの主張するように、いわゆる権利能力なき社団といえるものであるならば、本件業務委託契約に基づく訴外会社に対する支払は、保谷市とは別個独立の任意団体である同委員会が行ったものと解すべきことになる。

3 本件実行委員会の社団性について

(一) 法人格のない団体が社団としての実質を有するが故に、いわゆる権利能力なき社団として成立するためには、団体としての組織をそなえ、多数決の原則が行われ、構成員の変更にもかかわらず団体が存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が確立していることが必要であると解される。

(二) そこで、本件実行委員会について、これを検討するに、《証拠略》によれば、本件実行委員会には、その規約として書面化された会則があり、会則では、保谷能フェスティバルの実施を組織の目的とすること(会則一条)、団体の名称を「TAMAらいふ21・保谷能フェスティバル実行委員会」とし、事務局を保谷市役所生活環境部生活文化課に置くこと(同二条)、その目的に賛同し、参加を希望する個人及び各種団体の代表者並びに市職員をもって同委員会を構成すること(同四条)、会長が招集する会議によって同委員会の運営等の諸方針を決定すること(同五条)、役員として、同委員会を代表する会長一名、副会長若干名、幹事三〇名以内、会計二名、会計監査二名、事務局長一名、事務局次長一名(保谷市行政事務担当者)を置くこと(同六条)、同委員会の経費は、協会からの補助金、保谷市からの負担金、寄付金その他の収入をもって充て、会計年度は平成五年四月一日から平成六年三月三一日までとすること(同九条)、役員の任期は一年とすること(同一〇条)などが規定されていたこと、本件実行委員会は、平成五年四月一四日に開催された第一回委員会から平成六年三月四日に開催された第七回委員会まで合計六回(途中、平成五年七月五日に予定されていた第四回委員会は中止となっている。)の会議を開催したが、各会議には、少なくとも過半数を超える委員が出席していたこと、各会議における議事については、意見が分かれた場合には、本件実行委員会の会則に明文の規定はないものの、委員の間では会議の一般的な原則に従って多数決によるものと理解されていたが、実際には、意見が分かれることがなかったため、全会一致で決められていたこと、本件実行委員会の事業資金については、「保谷能フェスティバル田中倭子(同委員会の会計担当役員)」名義の普通預金口座を開設して、ここに預け入れる方法で保管し、金銭及び郵便切手の出納については、同委員会の金銭出納帳及び郵便切手出納簿に記帳して、保谷市とは別個に経理を行っていたことが認められる。

(三) 右(二)で認定した本件実行委員会の会則、同委員会の運営状況、財産管理の方法と前記1で認定した同委員会の設立経緯、活動状況等を総合すれば、本件実行委員会は、従前から存在した保谷薪能実行委員会を母体としつつ、保谷能フェスティバルの実施を目的として、その目的に賛同し、参加を希望する個人及び各種団体の代表者並びに市職員を構成員として組織された任意の団体であり、代表の方法を含め団体の組織、運営方法等について定めた会則を有し、保谷能フェスティバルの運営等の諸方針に関しては、会議において多数決の原則により決定され、財産に関しては、協会からの助成金及び保谷市からの補助金を中心とした団体固有の財産を有してこれを団体として管理し、契約締結や補助金の申請等の対外的な行為を団体の名において行っていたものであり、本件実行委員会は、前記(一)の権利能力なき社団としての要件を充足するものであったと認めるのが相当である。

(四) ところで、本件実行委員会の会則により、保谷市の職員が同委員会の構成員とされ、同委員会の事務局を生活文化課に置き、事務局次長には同市の行政事務担当者を充てる旨規定されていたことは、前記(二)で認定したとおりであり、《証拠略》によれば、本件実行委員会の会長印、銀行印、預金通帳等は、生活文化課で保管され、生活文化課の職員で、同委員会の事務局次長であった被告富田らが同委員会の金銭の出納等の経理事務や契約締結事務などを行っていたこと、被告富田らは、本件実行委員会の事務局の仕事に従事するに当たって、保谷市の条例や規則等で定められた職務専念義務の免除を受けていなかったことが認められる。

原告らは、このような保谷市職員の本件実行委員会の業務への関与の態様や同委員会に参加した市民が行った仕事は役職にかかわらず労務の提供にしかすぎなかったことなどを考えると、本件実行委員会は、保谷市とは別個独立の権利能力なき社団といえるものではなかった旨主張する。

まず、保谷市職員の本件実行委員会の業務への関与の態様については、同市及び職員側に、市とは別個の任意団体である同委員会の業務に市職員が従事することには職員の服務規定等の関係で問題が生ずることについて認識が足りず、不適切な点があったことは否定できない。

しかしながら、前記1(五)、(六)の各事実並びに《証拠略》によれば、保谷能フェスティバルは、本件実行委員会と保谷市が協同で行う事業とされていて、同市が人的、資金的に相当の援助を行って実施されたものであり、被告富田らの同委員会への派遣も右援助の一環としてなされたことから、服務規定等の関係で生ずる問題点が見落とされたこと、被告富田らは、保谷能フェスティバルの運営に関しては、あくまでも、本件実行委員会の事務として、金銭の出納等の経理事務や契約締結事務などを行っていたものであり、これを保谷市に効果の帰属する同市固有の事務として行っていたわけではないことが認められ、右の点を考慮すると、被告富田ら保谷市の職員が本件実行委員会の業務に従事していたことをもって、同委員会が同市とは別個独立の権利能力なき社団であることを否定することはできないというべきである。

また、原告らは、本件実行委員会に参加した市民が行った仕事が役職にかかわらず労務の提供にしかすぎなかったというが、前記(二)で認定したとおり、本件実行委員会は、合計六回の会議を開催し、各会議には少なくとも過半数の委員が出席し、保谷能フェスティバルの運営等について協議が行われたものであり、右運営等の諸方針の原案のほとんどが保谷市側で用意したものであったとしても、これを承認して最終的な決定を行ったのが同委員会であることは否定できず、原告らの右主張は、右の事実を正当に評価しないものであって、失当というべきである。

4 まとめ

以上によれば、本件実行委員会は、保谷市とは別個独立の権利能力なき社団として、本件業務委託契約の締結を含む保谷能フェスティバルの実施のための一連の行為を行っていたものであり、同業務委託契約に基づく訴外会社に対する支払も、その例外ではなかったと認めるのが相当である。

法二四二条の二に定める住民訴訟は、住民が自己の法律上の権利・利益とかかわりなく提起するものであって、行政事件訴訟法五条にいう民衆訴訟に該当し、したがって、法律に定める場合において、法律に定める者に限り、これを提起することができるものであるところ、保谷市とは別個独立の任意団体である本件実行委員会の担当者がした支出行為は、法二四二条が規定する住民監査請求の対象となる普通地方公共団体の長又は職員等がした「公金の支出」には該当しないから、その支出行為の違法性を理由として同市の市長の職にあった者及び担当職員であった者に対し損害賠償を求める本件代位請求に係る訴えは、法二四二条の二第一項が規定する住民訴訟の類型には該当しない訴えとして、不適法というべきである。

三  結論

よって、本件訴えを不適法な訴えとして却下することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青柳 馨 裁判官 増田 稔 裁判官 篠田賢治)

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